隠ぺい又は仮装(53)





 前日の事件の上告審です。最高裁判所第一小法廷(上告審)、昭和57年 6月24日判決、税務訴訟資料123号837頁 






 




上告代理人江沢正良の上告理由




原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。



一、上告人の主張は当該係争年度の所得税の納税は、いはゆる協定総額主義、即ち税務署と韓国人納税組合との協議により毎年在札幌韓国人の納税すべき所得税の総額を決定して、その総額を個々の韓国人にいくらづつ分担負担させるかは税務署は関与せず、専ら組合の自主的決定にまかせるという方法で行はれていた。従つて、そこには上告人個人としての脱税の意志が考えられる余地がないというにある。


 然るに、原判決は右協定総額主義が行はれた第二次大戦終戦直後から昭和四〇年頃までの後述の特殊な国情を理解せずに、上告人本人並びに証人金重輝等の証言を容れず、単に被上告人税務署職員の証言を鵜呑みにして、事実を誤認し、強いては採証を誤る違法を犯している。


 上告人が主張しているように、第二次大戦の敗戦により、戦時中抑圧と人権無視から解放された朝鮮人は、日本人並びに日本政府に対して失はれた権利の回復補償を求めて強く立ち上り、時には報復的な暴力行動まで採る状態で、日本人は公私共に朝鮮人を恐れて、はれものにさわるように之を避ける状況が相当続いていたことは客観的事実である。


 右状況下で、税務署職員が徴税に当り朝鮮人に対し日本人のように個々に当つて所得を把握することができなかつたので、その代表者と話合つて朝鮮人全員の納めるべき所得税を協議して納税させる便法を採つたことは止むを得ない手段方法であると考えられる。


 それを現在のような日本の経済力と国際的地位が向上した時の法感覚で処理し敗戦時の特殊国情を無視した判断をすることは、全く推理の法則、証拠判断を誤つた結論である。


二、上告人は昭和四三年三月一五日夜七時頃から、依頼していた税理士牛島俊行と共に、先に税務署から示された係争年度の修正申告書を持つて札幌国税局に赴いて、担当者と交渉したが、その際の交渉経過として証人牛島俊行も上告人本人も所得税申告最終日の夜であつて修正申告をしてくれれば、昭和三六・三七年度分は問題にせず、係争年度の三年分についてのみ過少申告加算税を負担すれば足り、重加算税は賦課しないとの感触であつたと証言している。


 元税務署職員であつた前記牛島が被上告人と再三交渉して被上告人も上告人の係争年度の所得を適格に把握できていないこと、従つて、被上告人から示された修正申告書の基礎となつている計算に確信がなく、更正決定もし難いこと、それであればこそ、被上告人の計算による所得税修正申告を上告人が認めれば重加算税を賦課しないと被上告人が牛島に交換条件として提示したであらうことが、素直に思考をめぐらせれば首肯できる筈である。


 原判決はこの事実を認めようとはせず,被上告人の職員の証言のみを措信して、重大な誤りに陥つているが、之が採証を誤つて事実を誤信した結果になつている。 


三、上告人は国税の課税標準又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽又は仮装したことはないと主張しているのであるが、之は税務署との間に協定総額主義に基く納税という方法によつて申告納税を行つている事実から収入や支出について隠蔽したり、仮装したりする必要がなかつたことからも肯かれる筈である。


 上告人は仮装、隠蔽の事実がなかつたことを立証するため金融業について平沼栄司、飲食業について高橋実の両証人の取調べを申請したが、原審は比の証拠調べを行はず、上告人並びに上告人申請の証人米沢政男が仮装隠蔽の事実がなかつたことを詳しく陳述しているにもかゝわらず、被上告人側の職員の証言等を軽々しく信用して仮装隠蔽の事実があつたと速断し、審理をつくさず、証拠調べの法則を誤つた違法を行つている。


以上いずれの点からしても原判決は違法であり、破棄されるべきである。


 







理   由


 上告代理人江沢正良の上告理由について


 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。


 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。


最高裁判所第一小法廷


裁判長裁判官 本山亨 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎万里 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝