隠ぺい又は仮装(50)




 裁判所の判断を検討します。








理   由



一 請求原因第一、第二項の各事実、すなわち原告が本件各係争年度の所得税につき確定申告書及び修正申告書を提出したところ被告から各重加算税賦課決定を受けた事実及び原告が右各決定に対して適法な不服申立手続を経た事実は当事者間に争いがない。


二 そこで、本件各決定が適法であつたという抗弁事実の存否について判断する。



1 原告の本件各係争年度の確定申告において別表の所得金額の差額欄記載の各金額について申告もれ(脱ろう)があつたことは当事者間に争いがない。


 そこで原告が右脱ろう分について計算の基礎となるべき事実を故意に隠ぺいし又は仮装したとして掲げられた抗弁第二項の各事実の存否について検討する。



(一) 抗弁第二項1について

 本件各係争年度の確定申告所得額と修正申告所得額が別表のとおりの内容であることは当事者間に争いがない。両者を比較すると、昭和三八年度については後者の約二八・二倍、昭和三九年度については同じく約一〇・三倍、昭和四〇年度については同じく約五・八倍となり、いずれも著しく多額の開差があるということができる。ところで、各成立に争いのない乙第六号証、第四三号証の1ないし3、証人坂下弘志の証言により各成立を認める乙第三〇、第三一、第三三号証、第三九号証の1ないし3、及び証人岩城秀晴の証言により成立を認める乙第二七号証並びに証人坂下弘志、同牛嶋俊行の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を総合すると、



 原告は、本件各係争年度当時自己の営む飲食業及び金融業の会計に関し組織的な記帳を継続的になし、原始記録、帳簿、貸付台帳等を有していたこと、従つて、本件各係争年度の確定申告当時右各資料に基づいて修正申告所得額を算出することが十分可能であつたこと、現に、税理士である牛嶋俊行が、本件各係争年度分の修正申告をする約一月前に原告の依頼で原告提出の資料に基づき本件各係争年度の事業の損益を計算した結果は、被告がその調査の結果に基づき、修正申告すべき内容としてあらかじめ原告に内示した数額にほぼ一致し、荒利益において約一パ-セント程度の誤差が存在するにすぎなかつたこと、以上の事実を認めることができ



 原告本人尋問の結果中、本件各係争年度当時は関係書類が不備で大福帳的な見方で済ませていた旨の供述部分は前記認定に反して措信し難い。そうすると、本件各係争年度の確定申告所得額と修正申告所得額との間の著しく多額の開差は原告の単なる申告もれないしは計算違いから生じたとは認め難い。






(二) 抗弁第二項2(飲食業における隠ぺい・仮装行為)について

 その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正な公文書と推定すべき乙第七号証、証人坂下弘志の証言により各成立を認める乙第九、第一〇、第一二ないし第一四、第一七号証、第四五号証の1ないし3、及び弁護の全趣旨により各成立を認める乙第一八、第一九号証並びに右証言を総合すると、次の各事実が認められ、これらによれば、原告が、昭和四〇年分の飲食業について、収入金額を過少に見せかける目的で仕入先と通謀して売上金額に直接比例する仕入金額の圧縮をはかつたと推認することができる。原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は措信し難い。



ア 鍵谷高橋商店について

 原告は、同商店から自己の経営する「宮の森ガ-デン」で使用する酒類を仕入れていたが、昭和四〇年五月ころから、同商店に対して仕入金額の一部を「金本商会」名義の売掛金口座に記帳するように依頼し、同商店からの昭和四〇年分の事業用酒類仕入金額合計七〇一万一二八九円のうち、四九二万八五六〇円を「宮の森ガ-デン」名義の正規の売掛金口座に記帳させたものの、残り二〇八万二七二九円についてはこれを「金本商会」名義の売掛金口座に記帳させた。更に、右「金本商会」名義の売掛金の決済にあたつては、右「宮の森ガ-デン」名義の売掛金の決済の場合と異なる銀行を利用しあるいは決済年月日をずらすという方法をとつた。



イ 株式会社北邦(吉田商店)について

 原告は、同会社から自己の経営する「えぞ鹿」及び「レストラン金本」で使用する酒類を仕入れていたが、取引が開始された昭和四〇年九月より、同会社に対して仕入金額の半額程度を圧縮して記帳して欲しいと依頼し、同会社をして「えぞ鹿」、「レストラン金本」名義の売掛金口座のほかに「青森」、「青田」、「秋本」、「今井」等合計四一口の架空名義口座を設けさせ、同会社からの昭和四〇年分の仕入金額合計三一三万二一〇八円のうちその約半額近くにあたる一四三万九〇二二円を右架空名義口座に分散して記帳させた。


ウ 大丸産業株式会社について

 原告は、同会社から「宮の森ガ-デン」、「えぞ鹿」、「レストラン金本」で使用する肉類及び青果物を仕入れていたが、同会社に対して仕入金額を右三店に対する売掛金として記帳する分と現金売上として計上する分とに分けるようにと依頼し、同会社からの昭和四〇年分の仕入金額合計七〇八万〇二三五円のうち二七四万三二七一円を現金売上として計上させ、更に、右現金売上計上分の決済にあたつては、小切手の裏書欄に同会社の名義を記載させず第三者の名義を記載させ、売掛金記帳分の決済の場合と異なる銀行を利用しあるいは決済年月日をずらす方法をとつた。





(三) 抗弁第二項3(金融業における隠ぺい・仮装行為)について

 証人坂下弘志の証言により成立を認める乙第二〇号証及び同証言並びに証人岩城秀晴の証言を総合すると、原告は、中間金融業者である平沼栄司に金員を貸付ける際、同人に対して貸主である原告の名前を出さないようにと要請し、同人をして原告からの借入金を「吉田ヨウ」及び「フルマキ・ミチコ」名義の各銀行口座に預金させ、また、貸付の痕跡を止めないために右平沼に対して殆ど現金で貸付をし例外として小切手で貸付ける場合にも一旦これを事務員に現金化させてから貸付けをし


 更に、右平沼から貸付金の返済を受けるにあたつてもすべて現金によることを要請していた事実、



 中間金融業者である北出春雄に対して金員を貸付ける際及び同人からその返済を受ける際に、すべて現金による取引を行なつていた事実がそれぞれ認められる。



 原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。



 これらの事実によれば原告が貸付先に働きかけて取引内容の隠ぺい・仮装をはかつたことを推認し得る。証人坂下弘志及び同岩城秀晴の各証言並びにこれらにより各成立を認める乙第二一ないし第二四号証、第四四号証によれば、被告の調査により明らかとなつた原告の本件各係争年度における貸付金利息収入は、昭和三八年度が一六〇八万四四七五円、同三九年度が一八四六万五〇九五円、同四〇年度が一八〇七万二五七二円であるところ、そのうち被告において貸付先を的確に把握しえたのはそれぞれ八六八万三五〇五円、一〇一九万八七三〇円、五九〇万三八八〇円にすぎず、その余については貸付先を解明できなかつた事実が認められ、これも原告による前記隠ぺい・仮装行為の存在を推測させるものといえる。






(四) 抗弁第二項4(「光トルコ」の収入金額の除外)について

 証人坂下弘志の証言により成立を認める乙第四一号証及び同証言によれば、原告は「光トルコ」の経営に加わり、昭和四〇年九月から一二月までの間の利益分配金六四万一八六六円を事業所得として得ていたのにもかかわらず、これを弘前銀行札幌支店の「木下栄作」なる架空名義の口座に預入れていた事実が認められる。




(五) 抗弁第二項5(銀行口座の分散、架空名義の使用)について

 証人坂下弘志の証言により成立を認める乙第二六号証及び同証言並びに証人岩城秀晴の証言によれば、抗弁第二項5の銀行口座の分散及び架空名義の使用の各事実を認めることができる。



 原告本人尋問の結果中には、預金口座を分散したのは銀行から多額の融資を得るためであるとの供述部分があり、前記乙第二六号証によると、確かに融資を得る目的でなされたと思われる原告やその妻及び弟名義の預金口座の存在が認められないではないが、前記証拠によつて認められる右のほかにも原告やその妻及び弟名義の預金口座が多数あり、また、預金取引のみの架空名義の銀行口座が多数あつて、しかも原告が一人当りの貸付制限の無いことを自認する都市銀行についても多数の架空名義の口座がある事実を考え合わせると、原告が所得隠ぺいの目的でこれらの口座を設けたと推認するに十分であり、右認定に反する原告本人の前記供述部分は措信できない。




(六) 抗弁第二項6(虚偽答弁、調査不協力)について

 前記乙第六、第二〇、第二一、第三三号証、第四三号証の1ないし3、証人坂下弘志の証言により各成立を認める乙第一一、第二四、第二五、第三二号証、同証人及び証人岩城秀晴の各証言を総合すると、抗弁第二項6の各事実、すなわち原告が被告による調査の当初関係書類を全く提出せずなんらの具体的な答弁もしなかつたこと、後に関係書類の一部を提出したもののこれらにより存在が推認される他の書類を提出しなかつたこと、及び、金融業について昭和四〇年度の貸付の内容に関し虚偽の答弁をしたことがそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。




2 右1の各事実を総合して検討するに、また、本件各係争年度においては組織的な会計帳簿の記帳がなされていたにもかかわらず、確定申告所得額と修正申告所得額との間に単なる申告もれないしは計算違いとは認められない非常に多額の開差が存するのであつてこのことは、特段の合理的な事情(本件においてこれが認められないことは後記3のとおり)が認められない限り、既にそれ自体により原告が脱税目的をもつて所得金額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい・仮装したことを推測させるものであるが、



 これに、個々の具体的事実、すなわち原告が飲食業や金融業における収入を過少に見せかけるために取引の相手方に働きかけて前認定の種々の工作を施していたこと、「光トルコ」の収入を隠ぺいし、また銀行口座を分散し架空名義の領金口座を設けて所得の隠ぺいをはかつたこと、更には、被告の調査に対して虚偽の答弁をしまた資料の提出を拒んだりする等の非協力的な態度をとつたことを合わせて考えると、本件各係争年度の確定申告はいずれも原告が所得税を逋脱する意思で故意に計算の基礎となるべき事実を隠ぺい・仮装したところに基づきなされたものであることを肯認できるというべきである。




3 原告は、税務署が韓国人に対して特別な申告徴税の取扱いをしていたこと,具体的にいうと税務署と韓国人納税組合との交渉で納税総額を決定し個々の組合員の負担額は組合の自主的決定に委せるという取扱いをしていた旨主張し、これを前提として所得税を逋脱する意思がなかつた旨主張するので、この点につき判断する。

 証人金重輝の証言及び原告本人尋問の結果中には、昭和二四年から昭和四〇年ころまでの間右のような取扱いが存したとの供述部分があり、証人古田二郎の証言によつても、昭和三四年ころから昭和四〇年ころまでの間札幌税務署において白色申告者を対象とする納税相談のため韓国人納税者に対し出署依頼をしても個々人は出署せず民団の役員などが出てきたのみであつたためやむを得ずこれに対して指導をしていたこと、その際右役員から韓国人の納税額の決定は自分達に委せて欲しいとの要望があつたこと自体は窺うことができる。 

 しかしながら、他方、同証人は、右の要望に対しては税務署としては応じられない旨申し伝えた旨供述しており、同証人の証言及び、成立に争いのない乙第四六号証の2により認められる次の事実、


 すなわち韓国人納税組合連合会納税貯蓄組合の規約には同組合が組合員からの依頼を受けて組合員の預入先に納税手続を委託する事務を取り扱うことは定められていても組合員の納税申告につき一括して税務署と交渉するという事務を取扱う旨の定めは存しないこと、並びに納税貯蓄組合法では納税貯蓄組合が組合員のなすべき課税標準の申告又は当該組合員に対してなされるべき租税の賦課に関与することを明文で禁止していることに照らすと、


 前顕証人金重輝、原告本人の各供述中、前記の間特別な取扱いがなされていたとの原告主張に沿う部分は直ちに措信し難く、他に右主張事実を認め得る証拠はない。



 そうすると、所得税を逋脱する意思がなかつたとの原告の主張はその前提を欠き失当であり、2で述べたとおり、原告が脱税目的で故意に隠ぺい・仮装行為に及んだ事実を否定することはできないというべきである。



4 抗弁第三項については当事者間に争いがない。