隠ぺい又は仮装(37)

 

 

 

 

 最高裁では裁判官全員一致で高裁判決をひっくり返します。

 最高裁判所第三小法廷(上告審) 平成 6年11月22日 税務訴訟資料206号346頁

 

 

 

 

 

 

一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 

 

1 被上告人の亡夫金勝男は、白色申告に係るサラリーマン金融業を営んでおり、昭和五三年分ないし同五五年分の所得税に係る確定申告をそれぞれ法定申告期限内に行った。右各確定申告書に記載された総所得金額(事業所得金額)は、昭和五三年分が二一〇八万六七四九円、同五四年分が三一四九万七四七八円、同五五年分が六七五五万四〇〇〇円(ただし、同五五年分には分離課税の対象となる短期譲渡所得を含む)であった。

 

 

2 ところが、亡勝男は、昭和五三年分について同五四年六月一八日に第一次修正申告をしたのを始めとして、同五四年分及び同五五年分について同五六年六月二三日に第一次修正申告を、同五三年ないし同五五年の三年分について同五六年七月七日に第二次修正申告をし、さらに、同五五年分について同五七年一月一四日に第三次修正申告を、同五三年分及び同五四年分について同五七年三月八日に第三次、同五五年分について同日第四次の修正申告をした。

 

 その結果、最終修正申告に係る総所得金額は、昭和五三年分が八億三五三五万六二一七円、同五四年分が一〇億一六四三万四二四九円、同五五年分が一七億〇六九六万二〇二八円となった。

 

 このため、上告人は、昭和五七年三月一〇日、亡勝男に対し、同五三年ないし同五五年(以下「本件係争各年」という)分の増差税額に係る各重加算税の賦課決定をした

 

 

3 亡勝男は、本件係争各年における営業につき正しい会計帳簿類を作成記載しており、取引記録及び貸付金・利息の入手金を集計した記録も揃えていた。

 

4 亡勝男に対する本件係争各年分の所得税に関する税務調査が昭和五六年六、七月ころ行われ、亡勝男は、そのころ、上告人に対し、同五五年分の各店舗ごとの融資残額、年間収入利息額及び管理残額の一覧表並びに同五四年分及び同五五年分の経費明細書(以下、これらを「本件資料」という)を提出したが、本件資料には真実よりも少ない店舗数が記載されており、また、利息収入明細書には過少の金額が記載されていた。

 

 本件資料に基づいて算出される昭和五五年分の総所得金額は二億九三〇〇万〇〇一五円となる。上告人の部下職員は,反面調査をすることなく、本件係争各年分の修正申告を慫慂し、このため、亡勝男がその後昭和五六年七月七日にした各修正申告に係る総所得金額は、昭和五三年分が五九一〇万一三三四円、同五四年分が一億三〇八五万六〇〇〇円、同五五年分が一億八六二二万五〇〇〇円にとどまった。

 

 

5 亡勝男は所得税法違反事件で起訴され、亡勝男の会計帳簿類は、国税局査察部等による押収、検討の後、還付され、その後亡勝男によって廃棄された。 

 

 

 

二 原審は、右事実関係の下において、次のような理由により、亡勝男が各確定申告及び各修正申告において過少な総所得金額を申告した行為は、国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの、以下同じ)六八条一項に定める要件を満たすものとはいえず、本件各重加算税賦課決定は違法であると判断した。

 

 すなわち、正しい総所得金額と申告額との差が大きいことのみによっては殊更の過少申告ということはできないところ、亡勝男は、正しい会計帳簿類を作成しており、会計帳簿類を廃棄したのは、上告人において亡勝男の本件各係争年度の収入・支出額を把握したと亡勝男が推測できた後であることなどからすると、亡勝男が過少な総所得金額を申告した行為が殊更の過少申告であるということもできずさらに、右過少申告が、隠ぺい、仮装の行為による不正な経理に基づくものと認めるに足りる証拠もない。

 

 

 

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 

 

 原審の確定した前記事実関係によれば、亡勝男は、会計帳簿類や取引記録等により自らの事業規模を正確に把握していたものと認められるにもかかわらず確定申告において、三年間にわたり最終申告に係る総所得金額の約三ないし四パーセントにすぎない額(差額で約八億円ないし一六億円少ない額)のみを申告したばかりでなく、

 

 

 その後二回ないし三回にわたる修正申告を経た後に初めて飛躍的に多額の最終申告をするに至っているのである。

 

 

 しかも、確定申告後の税務調査に際して、真実よりも少ない店舗数や過少の利息収入金額を記載した本件資料を税務署の担当職員に提出しているが、それによって昭和五五年分の総所得金額を計算すると、最終修正申告に係る総所得金額の約一七パーセントの額(差額で約一四億円少ない額)しか算出されない結果となり、本件資料の内容は虚偽のものであるといわざるを得ない。

 

 その後右職員の慫慂に応じて修正申告をしたけれども、その申告においても、右職員から修正を求められた範囲を超えることなく、最終修正申告に係る総所得金額の約七ないし一三パーセントにとどまる金額(差額で約七億七六〇〇万円ないし一五億二〇〇〇万円少ない額)のみを申告しているにすぎない。

 

 

 右のとおり、亡勝男は、正確な所得金額を把握し得る会計帳簿類を作成していながら、三年間にわたり極めてわずかな所得金額のみを作為的に記載した申告書を提出し続け、しかも、その後の税務調査に際しても過少の店舗数等を記載した内容虚偽の資料を提出するなどの対応をして、真実の所得金額を隠ぺいする態度、行動をできる限り貫こうとしているのであって、

 

 

 申告当初から、真実の所得金額を隠ぺいする意図を有していたことはもちろん、税務調査があれば、更に隠ぺいのための具体的工作を行うことをも予定していたことも明らかといわざるを得ない。

 

 以上のような事情からすると、亡勝男は、単に真実の所得金額よりも少ない所得金額を記載した確定申告書であることを認識しながらこれを提出したというにとどまらず、本件各確定申告の時点において、白色申告のため当時帳簿の備付け等につきこれを義務付ける税法上の規定がなく、真実の所得の調査解明に困難が伴う状況を利用し、

 

 真実の所得金額を隠ぺいしようという確定的な意図の下に、必要に応じ事後的にも隠ぺいのための具体的工作を行うことも予定しつつ、前記会計帳簿類から明らかに算出し得る所得金額の大部分を脱漏し、所得金額を殊更過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出したことが明らかである。

 

 

 したがって、本件各確定申告は、単なる過少申告行為にとどまるものではなく、国税通則法六八条一項にいう税額等の計算の基礎となるべき所得の存在を一部隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づき納税申告書を提出した場合に当たるというべきである(最高裁昭和四六年(あ)第一九〇一号同四八年三月二〇日第三小法廷判決・刑集二七巻二号一三八頁参照)。

 

 

 そうすると、これと異なり、本件各申告行為が殊更の過少申告に当たらず、国税通則法六八条一項に定める要件を満たさないとした原判決には、同条項の解釈適用を誤った違法があるものといわなければならず、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した前記事実関係の下においては、被上告人の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきであって、これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴は棄却すべきものである。