原告の主張を検討します。
本件取引は、原告が原告の経営下にある原告関連会社九社(楠本観光有限会社、光陽商事有限会社、横浜起業有限会社、有限会社一福商事、瀬戸観光有限会社、西日本起業有限会社、大栄観光株式会社、松山観光有限会社、有限会社福岡城)から委託を受けて、右九社の計算により信託的に行ったものであるから、
本件取引により生じた所得は右九社に帰属する。
本件取引のための必要資金は、すべて右九社から拠出された。原告は、右九社の収入を集中し、管理していたもので、右九社は実質的には原告の経営下にある同一企業体であり、本件取引はこれら同一企業体としての事業である。
原告は、本件取引に関し、野口忠男から指導を受け、その謝礼として八〇〇万円を支払った。
したがって、本件取引に係る必要経費としては、被告主張の費用に右謝礼金を加えた金額を、本件取引により生じた所得の金額から控除すべきである。
有価証券の売買については、
1売買益の有無を問わず有価証券取引税が課されており、これによって一応課税の公平が満たされていること、
2利益を得る者の数が少なく、大方の者が損失を被っていること、
3売買益が雑所得とされる場合には、損益通算の対象とならず、利益の生じた年分のみ課税され、損失を生じても何ら考慮されない不都合を生ずること、
4五〇回の売買回数かつ二〇万株の株数による取引のみをもってしては、未だ事業所得を生ずる事業性があるとは社会通念上一般に言い得ないこと等の不合理な事情があり、非課税を原則とする法の下における政令にすぎない所得税法施行令二六条二項の基準の解釈、適用は、租税法律主義を厳格に適用し、以上の不合理を克服するに足りるものでなければならない。
原告のように専門知識を有していない素人の株式売買は、証券会社担当者が主導して、特定銘柄の売買を勧め、これに同意した顧客に対し、市場の値動きに応じて、その都度執行についての了解を電話で受けたうえ、約定に至ることが通常である。したがって、個々の電話や注文伝票記載の時刻が異なっていても、顧客の客観的な委託目的、内容の基本において変更のない限り、これに基づき行われた取引は一つの委託によるものと解すべきである。
東京地方裁判所昭和五六年六月二九日判決(判例時報一〇一六号三頁以下)が、売買回数の判定基準について判示するとおり、
1売買回数算定の基礎となる委託契約の個別性については、委託者と受託者間の契約意思内容如何によって決まるものであって、契約締結当時のあらゆる事情を総合して個々的に判定すべきである。
2指値が異なったり、注文日時が若干異なっているからといって、成行き注文、計らい注文、冷し玉といった場合もあり得るから、直ちにそれぞれが別個の注文となるものではなく、例えば、前回注文時の価格の半分程度の値段で次回に注文がされるような著しい値段の変更がされた場合に限って、改めて注文がされたものと推認すべきである。
3一回の委託契約で二銘柄以上の売買を注文した場合は、委託契約は一個で取引回数は一回である。
4当初の委託契約の趣旨が個々の銘柄まで指定していないものである場合には、右委託に基づく売買は併せて一回の取引である。
5一個の委託注文契約において売りと買いを同時に行ういわゆる乗り換えと称する手持ち株の変更のための注文も、それが同時に行われる限り、一個の注文契約である。
6同一銘柄については数回にわたって売り又は買いのいずれかが執行されている場合、前後の取引を通じて、注文株数等からみて、それが先の委託契約における残株についての再執行と認められれば、一個の委託契約に基づく売買とみるべきである。
7注文期間を一か月以内とする実務上の慣例は、証券会社の内部事務処理上の便宜に過ぎないものであって、当事者間の意思に基づく委託契約の内容を制限するものではない。
なお、同一日付における売買については、同一日付に株式を売り付けて、別の株式を買付ける場合に格別にこれを委託することは先ずあり得ないから、その全部を併せて一回となすべきである。
右各判定基準に基づき本件取引における株式売買回数を判定すると、別紙二の「原告の主張する売買回数欄」記載のとおり、多くとも四〇回を上回ることはない。
被告は、原告の株式等の売買に関し、昭和五一年分の本件取引について生じた利益に対して課税しながら、昭和五二年分の売買について生じた損失に対しては、これを他の所得金額と通算せず、不問にしている。これは不公平である。
原告が、本件取引に他人名義、架空名義等を使用したことを認めるが、本件取引による所得を隠ぺいしたことを否認する。
昭和四一年六月一四日付け国税庁長官通達によれば、国税通則法六八条の「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し」とは、いわゆる二重帳簿を作成したり、帳簿記録の虚偽表示等をしているといった不正事実がある場合とされているが、
株式売買において仮名又は第三者名義を用いることは少なくなく、商習慣の一つであり、何ら違法性はないから、
右名義の使用が直ちに右不正事実に該当しないことは明らかであり、右通達の趣旨からも、重加算税の賦課要件としては、仮名又は第三者名義を利用して「故意に」売上げその他の収入を隠ぺいする場合でなければならないと解すべきである。
原告は、株式売買の経験も浅く、申告当時、前記施行令の規定する課税要件を了知せず、まして本件株式売買回数が五〇回の形式要件を超えていることを認識していなかった。
仮名や第三者名義を使用したのは、株式売買に充てた資金が、原告関係会社の簿外金であったからで、株式売買による課税所得を隠ぺいする目的によるものではない。
また、原告は、本件株式売買による課税所得は存在しないと考えて、単純に申告をしなかったに過ぎない。
したがって、本件は、国税通則法六八条一項所定の要件には該当しない。