隠ぺい又は仮装(20)

 

 

 

 

 本日は長野地方裁判所 平成12年 6月23日判決、税務訴訟資料247号1338頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

前提となる事実

 

 

 

 本件処分に至る経緯

 

(一)亡荻原馬吉(以下「馬吉」という。)は、平成二年一二月五日に死亡し、馬吉の子である被相続人(長男)、土屋一枝(長女、以下「一枝」という。)、原告(二女)、荻原敏孝(三男、以下「敏孝」という。)及び荻原直枝(三女、以下「直枝」という。)の五名が共同相続人となった。

 

(二)被相続人は、平成三年一一月二〇日に死亡し、被相続人の兄弟姉妹である一枝、原告、敏孝及び直枝の四名が共同相続人となった。

 

(三)一枝、敏孝、直枝の三名は、生前被相続人の顧問税理士をしていた星武典税理士(以下「星」という。)に本件相続にかかる相続税の申告を委任し、法定納期限の最終日である平成四年五月二〇日に申告書を共同で提出した。右申告書には原告の氏名も記載されていたが、右申告書に原告の押印はなかった。原告を含む右相続人全員の申告相続税額は同日納付された。

 

(四)原告は、本件相続にかかる相続税につき、法定納期限後である平成四年一〇月五日に、後述の本件各預金を相続財産に計上しないまま、共同相続人の申告書の控えに押印し、生前馬吉の顧問税理士をしていた本間美邦税理士(以下「本間」という。)に委任し、納付すべき税額を三二九六万九一〇〇円として期限後申告(以下「本件期限後申告」という。)をした。

 

(五)被告は、平成四年一〇月九日、原告に対して本件期限後申告にかかる無申告加算税として四九四万四〇〇〇円の賦課決定処分を行い、右賦課決定処分は不服申立てがされることなく確定した。

 

(六)平成五年一月二六日、関東信越国税局の職員が、長野県北佐久郡御代田町の馬吉の生前の住所地(以下「御代田の本宅」という。)に臨場して本件相続にかかる相続税に関する調査を実施し、平成六年四月二八日、原告は、被告に対して納付すべき税額を五億二四八二万一二〇〇円とする本件相続税の修正申告を行い、平成七年二月六日、被告は原告に対して本件処分を行った。

 

 

 

 

原告の主張

 

 

 

(一)本件各預金に関する原告の認識

 

 原告は、他の三人の兄弟姉妹との間で、本件相続の遺産分割を巡って対立しており、相続財産についての資料が直枝や星の手元にあり、直枝も星も情報の開示をしてくれなかったことから、相続財産の内容を全く把握できず、本件各預金の存在を知ったのは申告期限の最終日である平成四年五月二〇日であり、本件各預金の金額を知ったのは、同年八月二日である。しかし、その時点においても、本件各預金の原資が何であるかについて全く知り得ず、本件預金が孝一個人のものであることを知ったのは、平成五年六月二五日にミサワホームから原告ら相続人に貸金請求事件が提起された後である。

 

 

 

(二)隠ぺい又は仮装の不存在

 

(1)原告は、本件相続に関する申告を星に依頼したが、星は、本件各預金を相続財産に計上することなく、かつ、殊更原告についてのみ押印しないまま申告書を提出し、原告は無申告となった。その後、原告は、再三の要請により、平成四年七月一六日に至り、遺産分割協議書に署名押印することを条件として、写しの交付を受け、星から、当初から修正申告をする予定であったとの説明を受けた。

 

(2)原告は、申告書の写しを交付されたことにより、無申告であることを知り、本間や星と連絡を取るうち、無申告加算税が課せられることを聞いたため、税務署に押印漏れの扱いとして課税がされない様にしてもらうことを依頼し、また、自己に交付された写しが実際に他の相続人らがした申告と一致しているかを確認するために、佐久税務署を訪れた。

 

 しかし、同署においては、提出済みの申告書にこれから押印することはできないこと、一日でも遅れれば無申告の扱いになること、相続税の納付はされているが無申告のままで放直されれば納付された税金を還付し延滞税も課せられることになること、同一申告書に記載されている以上相続人ごとに異なる申告はできないことなどの説明を受けた。

 

 

(3)その後も、星は一向に修正申告を行わなかったため、原告は、平成四年九月一一日、星に対し、修正申告をしたか否かを問い詰めたが、星は税務署の調査が入ったら返答するし、まだできていないと答えるだけであった。他方、佐久税務署の松本係官からは、一人だけ内容の異なる申告をすることはできないし、あまり長期間そのまましておくと納付された税金は納付した人を捜して還付することになり延滞税も課せられるといわれた。そのため、原告は、平成四年一〇月一日、本間に相談して修正申告を依頼したが、本間から、星が相続税の修正申告の予定をしており、必要な資料が星の下にあることから、星に正しい申告をしてもらうのが最善の方法であるというアドバイスを受けた。そこで原告は、やむをえず星の作成した申告書に押印をし、本間に佐久税務署への提出を依頼した。

 

(4)その後も、星は一向に修正申告をする気配がなかった。そこで、原告は、平成四年一二月二七日、本間を訪ね、本間の方で、申告という形でなくても、本件各預金の存在を佐久税務署に通告してもらうように依頼し、平成五年一月七日にも本件各預金の残高証明書を持参した上、重ねて通告を依頼した。

 また、平成四年一二月の馬吉の三回忌の際には、敏孝が本件各預金を八十二銀行に移したいと考えていることを述べたが、原告は、税金の関係がはっきりするまで預金には手を付けない方がよい旨述べている。

 

(5)以上のとおり、原告には、本件各預金につき隠ぺい又は仮装のの意図は存しなかったものである。

 

 

 

 

 

 被告の主張

 

 

 

 

(一)本件各預金の存在に関する認識及び隠ぺい又は仮装の意図

 

 以下の各事情によれば、原告は、遅くとも本件期限後申告よりも前の時点で、本件各預金の存在について、その具体的金額を含めて認識していたものであり、また、佐久税務署に相談に訪れた際及び本件期限後申告をした際に、隠ぺい又は仮装の意図を有していたものといえる。

 

 

(1)平成三年一一月二一日、御代田の本宅で行われた被相続人の通夜の際、原告は、被相続人の知人の神田英機(以下「神田」という。)から、直枝に「チョウギン」(長野商銀信用組合のこと、以下「長野商銀」という。)の預金証書を渡してきたこと、「チョウギン」の預金証書は二枚あり、金額は一枚は一〇数億円でもう一枚は数億円で合わせて一六億円程度であるとの説明を受けた。

 

 

(2)平成三年一二月一五日、原告は、神田から、「チョウギン」にある被相続人名義の預金は、被相続人がミサワホームに森泉山を一〇〇億円で売却した際の売却代金を原資としていること、被相続人が「チョウギン」に預金をする際に直枝と一枝が反対し、八十二銀行に預金するように強く要望していたとの説明を受けた。

 

 

(3)平成三年一二月二〇日ころ、原告は、原告の叔父である荻原忠雄(以下「忠雄」という。)から、被相続人が森泉山の売却代金としてミサワホームから受領した七四億円のうち一六億円を「チョウギン」に預金したことなどを聞かされた。

 

 

(4)平成四年一月ころ、原告は、敏孝から本件各預金を八十二銀行に移すことにつき打診された際、相続人四人で均等に分割しないのであれば同意できないと答えた。

 

 

(5)平成四年七月一〇日、原告は、「チョウギン」とは長野商銀のことであると考え、長野商銀に電話をして被相続人名義の預金について照会した。

 

 

(6)平成四年七月一六日、原告は、星から共同相続人の申告書の写しを受領し、本件各預金が相続財産には計上されていないことが判明したため、本間に相談したところ、「契約はどうあれ孝一の名義で実際に預金が存在している以上は申告しなければならないものであり、今回の相続税の申告については問題がある。」、「これは大変なことになる」と説明され、共同相続人の申告には重大な誤りがあることを指摘された。

 

 

(7)原告は、同年七月一七日、長野商銀に対し被相蔵人名義の預金残高証明書の発行を依頼し、平成四年八月二日、長野商銀から送付された残高証明書により、神田及び忠雄から聞いていた「チョウギン」の被相続人名義の定期預金一六億円とは、一四億七六七二万四六七四円及び二四八一万六五五四円の各定期預金であり、その他に長野商銀には被相続人名義の普通預金一七一万八〇〇三円が存在することを確認した。

 

 

(二)原告の隠ぺい行為

 

 右のように、原告は、本件各預金が相続財産であることを認識しており、本件期限後申告に際し、本件各預金を相続財産として計上しないことが虚偽過少の申告となることを十分認識していたものである。

 

 しかるに、原告は、平成四年七月二二日、税務相談のため佐久税務署を訪れた際、本件各預金の存在に全く触れることなく、かえって「原告の考えている相続財産と他の相続人がした申告の内容は何かどこか違うのですか。」との担当官の質問に対して,本件各預金が相続財産から除外されている事実を秘し、税金が払えないことを理由に本件各預金の存在を隠ぺいした。

 

 また、平成四年一〇月五日、本件期限後申告に際しても、当初から過少に申告する意図の下に、本件各預金が共同相続人の申告書の写しに相続財産として計上されていなかったことを奇貨として、その状態を利用し、あえて本件各預金を相続財産から除外したまま共同相続人の申告書の写しに押印した上で提出した。

 

 このように、原告は、本件各預金の存在を秘し、所得の金額を殊更過少にした内容虚偽の申告書を提出したものであるから、事実の隠ぺいが存在したといえる。