隠ぺい又は仮装(18)

 

 

 

 

 本日からは横浜地方裁判所 平成11年 4月12日判決、務訴訟資料242号86頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前提となる事実(当事者間に争いがない。)

 

 

 

1 原告の営業等

 原告は、平成二年ないし平成四年当時、横浜市鶴見区鶴見中央四丁目二〇番六号所在の鶴見OSビル(以下「鶴見OSビル」という。)において、スナック鏡(以下「スナック鏡」という。)を経営し、事業所得を得ていたほか・鶴見OSビルのスナック鏡以外の部分等の不動産を第三者に貸し付け、不動産所得を得ていた者である。

 

 

 

2 原告の確定申告等

 

(一)原告は、顧問税理士森藤光庸(以下「森藤税理士」という。)を介して、平成三年三月一五日に平成二年分の所得税について総所得額を△三四九万〇九五七円(「△」は損失を意味する。以下同じ。)納付すべき税額を零円として、平成四年三月一六日に平成三年分の所得税について総所得金額を零円納付すべき税額を零円として、平成五年三月十五日に平成四年分の所得税について総所得金額を零円納付すべき税額を零円として、それぞれ確定申告をした。

 

 

(二)原告は、平成六年一〇月一二日、平成二年分の所得税について総所得金額を六五九万六三三八円納付すべき税額を四七万五二〇〇円と、平成三年分の所得税について総所得金額を一四七三万〇一六二円納付すべき税額を三四七万二四〇〇円と、平成四年分の所得税について総所得金額を一〇六七万三三二三円納付すべき税額を一八七万九五〇〇円とそれぞれ修正申告をした。

 

 

3 本件重加処分等

 被告署長は、原告に対し、平成六年一一月二八日付けで、原告の平成二年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定処分並びに平成三年分及び平成四年分の所得税に係る過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分をした。

 

 

 

 

原告の主張

 

 

 

 原告には、以下のとおり、事業所得及び不動産所得のいずれについても、通則法六八条一項にいう隠ぺい又は仮装の事実はなく、重加算税の賦課要件を満たさないから、本件重加処分は違法であり、取消しを免れない。

 

 

(1)事業所得について

 

 原告は、確かに被告署長主張のとおり、売上伝票を破棄していたが、これは、伝票に記載された金額を、備付けの整理簿に転記した後のことであり、しかも整理簿は、原告が青色申告承認の際選択した現金式簡易帳簿の代用となるものであるから、原告が売上伝票を破棄したことをもって、重大な税法違反とみることは相当とはいえない。

 

 また、事業所得に係る申告額が過少であったのは、原告の業種上、掛売り分が回収不能となることが多いため、これを毎月四〇万円程度回収できるものとして、年額四八〇万円及び自家消費分として五〇万円を現金収入以外に申告していたところ、

 

 被告署長の調査の結果、掛売り分の回収の実額が年額四八〇万円を上回ることが判明したにすぎないものであり、原告の思い違いによるものである。したがって、原告に、事業所得について、隠ぺい又は仮装の事実はない。

 

 

(2)不動産所得について 

 

 被告署長は、原告が豊ビル一階部分についてのキリンからの転貸料を除外していたというが、右部分は大幸商事が借り受け、これをキリンに転貸したものであり、大幸商事の収入である。これについて大幸商事が納税申告しなかったことは事実であるが、これは同社の経営が全くの赤字続きであったため申告しなかったにすぎない。このように本件転貸料は、原告の所得ではなく、原告がこれを隠ぺい又は仮装行為をしたものではない。

 

 

 

 

 

税理士との関係

 

 

(1)概要

 原告は、本件確定申告も含め、約三〇年前から、所得税の確定申告書の作成及び提出を森藤税理士に依頼しているところ、毎年確定申告の間際になると、同理士に決算の依頼をし、これを受けて同税理士は、その都度原告に、収入や経費を示すすべての資料を提出するように指示していた。しかし、原告は、経費帳に小口の現金の出金を記載している旨、また、整理簿に売上げのすべてを記載している旨それぞれ申し述べて、森藤税理士にこれらの書類及び領収証等しか提出しなかった。

 

 

(2)事業所得における売り上げ加算

 森藤税理士は、かつて、右(1)の書類に記載された金額が極めて少額であり、原告が生活していけるだけの金額とは思えなかったため、その旨原告に指摘したところ、原告は、掛売り分の回収が月四〇万円ほどあると申し立てたので、森藤税理士は、以後、決算の際に、年間で四八〇万円(四〇万円に一二(月)を乗じた金額)及び家事消費分五〇万円を売上金額に加算して確定申告していた。

 

 

(3)売掛帳の不提示

 なお、森藤税理士は、原告から売掛帳をつけているという話を聞いたことはなかったし、売掛帳や預金通帳を示されたこともなかった。

 

 

(4)不動産所得の一部不告知

 また、森藤税理士は、原告から、不動産所得に係る物件は、鶴見OSビル及びいわき市所在のマンションであるとしか聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

被告署長の税務調査

 

 

 

 被告署長は、原告の平成元年ないし平成五年分に係る申告所得金額がいずれも極めて低額であり、かつ、同業者における仕入金額に比べ売上金額が少ないため、原告の申告内容を確認する必要があると認め、同署長から命を受けた矢部及び川島係官は、平成六年九月二〇日、同月二二日、同月二八日、同年一〇月三日の合計四回、原告宅ないし原告店舗(スナック鏡)に臨場し調査を行った。その結果は以下のとおりであった。

 

 

(1)平成六年九月二〇日の調査(開始)

 

 矢部及び川島係官は、原告宅に臨場した。応対に出た原告は、当初調査に協力しないとの態度を示していたが、その後、「今日は店に行けないが、バーテンの柳原と連絡を取り、店舗に行かせる。」、「柳原と連絡が取れたら税務署に連絡する。」、「柳原はどこにいるか分からないが連絡はつく。」などと態度を変えるに至った。矢部係官は、同日(平成六年九月二〇日)夕刻、スナック鏡において、出勤してきた柳原に聴取調査を行ったが要領を得ず、結局、保管してあった未整理の平成六年八月分及び九月分の売上伝票のみを確認するにとどまった。

 

 

(2)平成六年九月二二日の調査(事業所得の掛売分の処理)

 

 この日の調査には、原告の他、森藤税理士の事務員で原告の決算関係の事務処理を行っていた事務員佐伯美恵(以下「佐伯事務員」という。)が立ち会った。矢部係官は、事業概況を聴取した後,スナックの売上計上方法について聴取したところ、

 

 原告から、「毎日の売上げは顧客ごとに売上伝票を作成し、これをためておいて一か月に一度まとめて整理簿に転記し、転記が済んだ後伝票は破棄している。」、

 

「掛け売りによる売上げは当日伝票を作成するが、いつ現金が入ってくるか、また入ってくるかどうかも分からないので、整理簿には記入しない。」、

 

「平成元年ないし五年分の売上伝票は既に破棄しており存在しない。」との申立てがあった。

 

 矢部係官は、売掛金の計上に問題があると判断し、原告に売掛帳、預金通帳等の提示を求めたところ、原告は、当初用意していないなどと述べていたが、やがて店舗のキャビネットに保管していた三冊の売掛帳を提示した。しかし、原告は、預金通帳については、自宅に置いてあると述べて、これを提示しなかった。

 

 

(3)平成六年九月二八日の調査

 

イ 事業所得の掛売分と売掛帳

 この日の調査には、原告、森藤税理士及び佐伯事務員が立ち会った。矢部係官が前回提示のなかった預金通帳等の提示を求めたところ、原告は佐伯事務員に預けてあると述べ、佐伯事務員は預かっていないと述べ、両者の意見は対立したままであった。

 

 原告は、(2)の時の説明と異なり、掛売分も整理簿に記載してあると一旦は述べたが、矢部係官に、売掛帳と整理簿にある同日分の記載を何日か集計し比較すると、整理簿に記入された金額よりも売掛帳に記入された掛売りの金額の方が大きい日が多いことを指摘され、結局、整理簿に掛売り分を記帳していないことを改めて認めるに至った。 

 

 

ロ 本件転貸料

 次いで、矢部係官が原告に対し、不動産所得に関し、鶴見OSビル及びいわき市所在のマンションのほかに、横浜市鶴見区鶴見中央四丁目二五番一〇号の豊ビル一階部分に係る不動産収入が計上されていないことを指摘したところ、原告は、右収入は大幸商事の収入で原告個人のものではない旨申し述べた。

 

 

(4)大幸商事についての調査

 

 矢部係官は、その後、大幸商事について調査したところ、同社は、昭和五二年四月三〇日原告を代表取締役として設立されたが、営業実態はなく、設立以来被告に法人設立届出書も提出されておらず、納税申告がされていないばかりか、株主総会はもとより役員会も開催されておらず、役員には報酬も支払われていない休眠会社であること、しかるに、平成三年二月一日付けで大幸商事が豊ビル一階部分を借り受け、これをキリンに転貸する旨の貸借契約書が作成されたこと、しかし、キリンからの賃料は原告個人の口座である三和銀行川崎支店の原告名義の普通預金口座に振り込まれ、これを原告が株の買受け代金や借入金の返済等に充てていることが判明した。

 

 

(5)平成六年一〇月三日の調査

 

イ 事業所得の計上漏れ

 この日の調査には、原告、森藤税理士及び佐伯事務員が立ち会った。最初に原告から、前回指摘された預金通帳(川崎信用金庫鶴見支店における原告の預金通帳)は自分が所持していた旨の申し立てがあり、右通帳が提示された。そして、原告から、事業収入につき、アルバイト等の人件費を計上していないとの申立てがあり、森藤税理士からも、原告には売上げ漏れに見合う経費が存在するはずであり、領収書等の保存はないが、それらの経費を認めてもらえば、被告署長の調査に基づいて修正申告を提出したい意向である旨の申出があった。

 

ロ 不動産所得の計上漏れ

 その後、矢部係官は、原告の不動産所得につき、前回の調査期日後大幸商事について調査し判明した事実に基づき、原告に対し、キリンに転貸した豊ビル一階部分の賃料収入は原告個人の所得ではないかと追及したところ、原告はこれを認め、これまで確定申告の際に森藤税理士に報告しないでいたと述べた。