隠ぺい又は仮装(9)

 

 

 

 本日からは、神戸地方裁判所(第一審)、平成 5年 3月29日判決、税務訴訟資料194号1112頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事案の概要

 

 

 

 本件は、原告が所得税の確定申告に際して申告しなかった株式等の取引による所得について、被告が原告に対して重加算税の賦課決定処分をしたところ、原告が、税額等の基礎になる事実を秘匿・仮装する行為をしていないから重加算税の課税要件を欠くと主張して、右処分のうち過少申告加算税の額を超える部分の取消しを求めた事案である。

 

 

 

 

 

1 原告は、会社役員で、給与所得等について毎年確定申告書を提出していた者である。

 

 本件処分の対象になった取引が行われた昭和60年ころ、1年間に50回以上かつ200,000株以上の株式等の取引をして利益が出た場合には、その利益分をその年分の所得税の確定申告に際して所得として計上して申告しなければならなかった。 

 

 すなわち、所得税法9条(昭和63年法律109号による改正前のもの)1項11号イは、有価証券の譲渡による所得のうち「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」以外のものは所得税を課さないと規定し、これを受けた同法施行令26条(昭和63年政令362号による改正前のもの。)1項は、右の非課税所得にならないものを、「有価証券の売買を行う最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得」は課税の対象になると規定し、さらに、同法施行令26条2項は、1売買回数が50回以上、2売買をした株数又は口数の合計が200,000以上の要件に該当するときは、前項の他の状況に関係なく課税の対象になると規定していた(以下「課税要件」という。)。

 

 原告は、昭和60年分ないし同62年分(以下「本件各年分」という。)の所得税について、課税要件を充足する株式等の売買益があったにもかかわらず、右売買益を雑所得に記載せずに、別紙申告及び賦課決定の内容一覧表の「確定申告」欄記載のとおり確定申告書を提出したところ、大阪国税局から査察を受けた。

 

 そこで、原告は、本件各年分の所得税について、右株式等の取引による所得等を加算して、別紙申告及び賦課決定の内容一覧表の「確定申告」及び「修正申告」各欄記載のとおり修正申告書を提出した。

 

 

 

争点

 

 

1 租税を免れる目的で故意に虚偽の内容の申告書を提出する行為が「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき確定申告書を提出」(国税通則法(以下「法」という。68条1項)する行為に当たるかどうか。

 

 

(一) 被告の主張

 

 

  認識のある過少申告行為は,旧所得税法(昭和40年法律33号による改正前のもの)69条1項にいう「詐欺その他不正の行為」に該当するものと解されているところ、この認識ある過少申告行為が、「詐欺その他不正の行為」に該当して処罰されるほど可罰的違法性が大きいものであれば、同時に課税標準の基礎となる事実の「隠ぺい」又は「仮装」に該当するのは当然である。

 

 原告は、本件各年分の所得税ほ脱に係る所得税法違反被告事件において、神戸地方裁判所で平成元年4月14日に有罪判決を受け、同判決が確定している。

 

 

(二) 原告の主張

 

 

 租税法の規定は、憲法30条、84条に由来する租税法律主義の趣旨からして厳格に正しく解釈されるべきであるところ、法68条1項は、重加算税の賦課要件を過少申告加算税等の規定に該当する場合において、課税標準等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装(以下「隠ぺい行為等」という。)を要件としており、右にいう事実とは文理上事業所得金額を計算するための基礎資料となる事実、例えば、架空又は仮名名義で取引することなどと解するのが自然であるから、単に所得金額を確定申告書に記載しなかったことをもって隠ぺい行為等ということはできない。

 

 

 また、法68条1項は、「その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した」ことを要件としており、「その隠ぺいし、又は仮装したところ」とは隠ぺい又は仮装した事実を基礎として算出された課税標準と解するのが妥当であるところ、申告書に過少所得を記載することはそれ自体完結した行為で次の段階はないから、単に所得金額を記載していない確定申告書を提出したことをもって「その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した」ということもできず、いずれにしても法68条1項の要件に該当しない。

 

 

 被告の主張は、このように、法の明文に反するばかりか、隠ぺい行為等に関する最高裁判所その他の裁判所の判断、国税庁内部の通達、国税不服審判所の裁決事例、学説などにも反するものである。