隠ぺい又は仮装(6)

 

 

 

 

 

 第1審の判示内容を検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事実認定事項

 

 

 

 

1 原告は宇治茶の小売業を営むものであり、従来養女に事業所得税の申告手続を委ねていたものであるが、昭和59年分の所得税の確定申告も、昭和60年3月9日当時の管轄の中京税務署長に対しこれをなし(当初申告)、その内容は別表1の当初申告欄記載のとおりであって、譲渡所得の申告をしてなかった。 

 

 

2 笠原は、石材商の三協石材と不動産販売の有限会社カサハラ商事(以下「カサハラ商事」という。)を経営する傍ら全国同和対策促進協議会京都府連合会会長として右協議会名義で税理士とともに税申告手続の代行を業とし、永代管理料等の名目で架空の控除項目を計上するなどして税額を過少にした納税を行なっていたものである。

 

 

3 原告所有の本件土地の売買契約は、原告が清水勲を、笠原が北川喜久一をそれぞれ仲介人として折衝し、昭和59年11月27日締結されたが、原告は当日初めて笠原に会った。

 

 

4 原告が笠原と二度目に会ったのは、本件土地の売買契約の取引日である昭和60年4月2日、京都府宇治市槙島町本屋敷1102番地の2所在のカサハラ商事の事務所においてであったが、笠原は、売買代金の決済をして取引終了後、笠原ひとりを別室へ誘ったうえで、大きな取引で金額も大きいから税務申告が大変だ、中京税務署にも通じているので、うちの事務所を通じて譲渡所得税の申告を有利にしてやると税申告手続の代行を申し出た。

 

 

5 原告は、笠原の申出を受けて、同人を信用してその場でこれを依頼して申告手続を一任し、同人の要請により、帰宅後、当初申告の青色申告書控えのコピーをカサハラ商事の事務所に送付した。

6 そして、昭和60年4月7日ころ笠原が、中京税務署へ申告書を出しておいたので、税額18,000,000円を持参のうえ申告書を取りに来てくれと連絡してきた。

 

 

7 笠原は、本件について、昭和60年4月9日中京税務署長に対し、原告の当初申告(昭和59年分)に対する修正申告として、本件土地の譲渡代金111,530,000円に対する「永代管理小作料」として104,953,500円を全国同和対策促進協議会に支払った旨架空の経費を含む必要経費の額を110,530,000円と計上し、内容虚偽の「譲渡内容についてのお尋ね兼計算書」及び昭和60年1月30日付全国同和対策促進協議会京都府連合会本部発行の領収証の写を添付して、分離譲渡所得金額を0円と追加記入したのみで税額に変更のない申告書を提出して本件申告をした。その内容は別表1の本件申告欄記載のとおりであり、その譲渡所得金額の計算明細は別表2の本件申告欄記載のとおりである。

 なお、中京税務署長は、本件土地の譲渡にかかる譲渡所得が売買契約のあった昭和59年分として申告されたので、本件申告を受け付けた。

 

 

8 原告は、昭和60年4月9日、前示6の求めに応じ金額18,000,000円の小切手を持ってカサハラ商事の事務所に赴き、笠原から封筒に入った中京税務署総務課の受付印のある申告書用紙を手渡され、同人を信用し、また眼鏡を忘れたこともあって、それ以上申告書用紙の内容を確かめることもせず、税金納付用と信じて右小切手を同人に交付し、これで本件土地の売買にかかる譲渡所得税申告が終了したものと思い込んだ。

 

 

9 そして、笠原は、原告から受け取った小切手18,000,000円のうち、3,000,000円を3の仲介人北川に支払い、15,000,000円を全国同和対策促進協議会に納入したといっている。

 

 

10 その後、笠原は、全日本同和会の脱税指南事件の被告人として刑事訴追され、有罪判決を受けた。

 

 

11 原告は、昭和61年2月5日京都地方検察庁から呼出を受けて出頭し、同庁にいた国税局査察官の取調を受け、その結果、初めて笠原が右刑事訴追を受けている人物であり、本件についても譲渡所得額を零として申告し、原告が交付した小切手金も同人が不法に領得していたことに気がつき、過少申告を認めて、同日中京税務署長に対し、同税務署員があらかじめ金額等を記入して申告書用紙を準備していたものではあったが、これに署名捺印して、あらためて昭和59年分の所得税の修正申告書を提出した(修正申告)。その内容は別表1の修正申告欄記載のとおりであり、その譲渡所得金額の計算明細は別表2の修正申告欄記載のとおりである。

 

 

12 そして、まもなく、原告は笠原に対し、交付した小切手金18,000,000円の返還等を求める訴訟を提起したが(京都地方裁判所昭和61年ワ第360号)、その判決においても、その控訴審(大阪高等裁判所昭和63年ネ第184号ほか)の判決においても同人の不法行為が認定されている。

 

 

13 被告は原告に対し、昭和61年6月11日付で修正申告により納付すべき所得税額に対する重加算税7,956,000円の賦課決定処分(本件処分)をした。

 

 

 

 

 

 

 

判示事項

 

 

 

 

 

 

 重加算税の課税要件は、期限内申告書が提出された場合(期限後申告書が提出された場合において、期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められるときを含む)において修正申告書が提出され(または更正があり)、これにより納付すべき税額が存するものであって、かつ納税者が事実の隠ぺい又は仮装をし、これに基づいて納税申告書を提出したことである(同法68条1項、66条1項ただし書)。納税者が事実の隠匿、脱漏又は歪曲などという不正手段を用いて申告書を提出したときは、これに該当するというべきである。

 

 

 ところで、所得税は自己の所得を正しく計算し、自己の判断と責任で自主的に申告納税するという申告納税制度が採用されているが、この制度の下においても納税者の判断と責任において申告手続を第三者に依頼し、同人が納税者の代理人補助者として申告した場合には、その申告はそのまま申告名義人である納税者の申告として取り扱うべきものである。

 

 

 そうすると、右で認定したとおり原告は第三者である笠原に本件土地の譲渡所得税の申告手続を一任したのであるから、笠原がなした本件申告は原告の申告として取り扱われることとなるものである。

 

 

 

 

 

 

 本件処分の適否について判断するに、被告は、原告は不正手段を用いた本件申告をしたとして重加算税の課税要件を充足すると主張する。前示のとおり

 

 

【A】国税通則法68条1項所定の重加算税の課税要件の一つとして同法65条1項の期限内申告書が提出されたことを必要とするところ、

 

 

 この期限内申告書とは、納税者が法定申告期限までに税務署長に提出する納税申告書を指す(同法17条)。

 

 

 そして、昭和59年分の所得税の確定申告をなすべき期間は昭和60年2月16日から3月15日までであるが(所得税法120条1項)、前記で認定したとおり本件申告は同年4月9日になされたものであって、本件申告にかかる納税申告書の提出は期限内申告書が提出された場合に該当しないことが明らかであり、また、本件申告は当初申告を修正するものとしてなされているから、期限内申告書の提出がなかったこと(無申告)を前提とする期限後申告書が提出された場合でもない。

 

 

 なお、本件申告で提出された修正申告書が期限内に提出された当初申告の確定申告書と一体のものとして提出されているとして、国税通則法68条1項の適用上、本件土地の譲渡所得については本件申告で提出された修正申告書の提出により同申告書の内容と同様の確定申告書が期限内に提出されたものと取り扱う余地がないかを検討する。

 

 まず、所得税基本通達36ー12は次のとおりである。

 

すなわち、

 

「山林所得又は譲渡所得の総収入金額の収入すべき明期は、山林所得又は譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとする。ただし、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める。

 

(注)農地法第3条第一項(農地又は採草放牧地の権利移動の制限)若しくは第5条第1項本文(農地又は採草放牧地の転用のための権利移動の制限)の規定による許可を受けなければならない農地又は採草放牧地(以下この項においてこれらを「農地等」という。)の譲渡又は同項第3号の規定による届出をしてする農地等の譲渡については、当該許可があった日又は当該届出の効力が生じた日と当該農地等の引渡しがあった日とのいずれか遅い日によるものとする。ただし、これらの日のうちいずれか早い日又は当該農地等の譲渡に関する契約が締結された日により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める。

 

 

 これを前記二で認定した事実につき考えるに、前掲甲第1、第2号証、弁論の全趣旨によると本件土地の引渡は昭和60年4月2日以降であることが認められるから、本件土地の譲渡所得の申告については、本来、昭和60年分の所得として翌昭和61年2月16日から同年3月15日までの間に申告すれば足りるのであるけれども、右の注ただし書により、本件土地の売買契約が締結された昭和59年11月27日を基準日として選択し、これを昭和59年分の所得として申告することもできるのである。

 

 

 笠原によってなされた本件申告は同旨の選択してなされたものであり、申告を受理した中京税務署長もこれを認めて受け付けたものということになる。

 

 

 右の基準日の選択がなされたのが昭和60年3月9日になされた当初申告より以前であった場合はともかく、

 

 前記で認定した事実によると右の基準日の選択は昭和59年分の所得税の確定申告期限である昭和60年3月15日以降になされたものというほかないから、それ以前である期限内になされた当初申告には本件譲渡所得の分が含まれていなかったからといって、遡ってこれを過少申告であるということはできないし、

 

 

 当初申告はその当時それ自体で完了していたものであるというべきであって、後に笠原が、ひいては原告が右の基準日の選択をして事実上当初申告を修正し、本件申告をすることによってその時点で昭和59年分の申告が完了したものであると原告が認識したとしても、

 

 

 本件申告で提出された修正申告書が期限内に提出された当初申告の確定申告書と一体のものとしてこれを遡及的に期限内に提出されたものとみるとか、

 

 

 国税通則法68条1項の適用上、本件土地の譲渡所得については本件申告で提出された修正申告書の提出により同申告書の内容と同様の確定申告書が提出されたものと扱うべきであるとすることはできない。

 

 

 結局,本件申告で提出された納税申告書の提出は前記重加算税の課税要件の一つである期限内申告書の提出に該当しないから、その余の点について判断するまでもなく、本件処分は違法であり、被告の主張は理由がない。