隠ぺい又は仮装(2)

 

 

裁判所の判示事項を検討します。

 

 

 

 

(一) 和歌山税務署は、昭和三八年四月上旬から原告の調査に着手した。担当係官の福田当司ほか一名は、原告経営の日の丸ホテルへ調査に赴いた際、同ホテルフロント事務室内から前記手板を発見し、売上の半分が公表帳簿から除外されていることを突きとめ、即日原告代表者内田利司に対し、右事実についての説明を求めたが、同人はこれに応じなかつた。そこで、右福田らは、翌日から約一週間原告本社に赴いて、本勘定帳簿等の調査を実施したが、不正経理の確かな端緒を把握するまでには至らなかつた。しかし、その後、さらに原告の取引銀行である株式会社紀陽銀行の調査を実施した結果、中之島支店において、先に日の丸ホテルで手板と共に発見した手帳の記載金額と全く一致する預け入れのなされている、西田裕二ほかの架空名義の普通預金口座四口を発見した。しかし、税務署内部の定めによると、法人税調査は一応六月を事務年度としているところ、原告の不正規模が大きく、従来の一般調査では処理できないことが明らかになつたことから、同年五月中旬右一般調査をいつたん打切ることとした。そして、同年七月、署内にあらためて特別調査班を設置し、福田ら三名の担当係官を特別調査に専念させることにした。その結果、同年九月中旬までに、本件係争年度において前叙のような一〇数口座にのぼる多額の架空名義の普通預金がなされている事実を把握するに至つた。

 

 

(二) 一方原告代表者内田利司は、当初から税務署の一般調査に極めて非協力的であつたが、前記普通預金口座の発見によつて不正経理の一部が露見し、さらに一般調査から特別調査に移行されたこと等から、早晩国税局査察部に回されることは免れず、いずれ不正経理の全容が発覚するであろうと覚り、従前から懇意にしていた株式会社紀陽銀行本店営業部長山本保の助言等もあつて、それまで必ずしも充分とはいえなかつた原告と代表者個人の資産を区別する等全面的に経理を明確化する趣旨も兼ね、同年七月頃右山本の推挙にかかる税理士藤原儀一に、子会社のアサヒ工業薬品株式会社の経理も合わせて、原告の経理の抜本的な正常化を委ねた。

 ところが、経理内容があまりにも乱脈を極め、その規模も大きく、しかも右藤原は、いまだ税理士となつて日も浅く、法人関係に精通していなかつたので、友人の公認会計士海老三郎に事情経過を説明して助力を求めた。こうして、同年八月頃からは右海老が専らその事務に当つた。その間、税務署の担当係官から、再三にわたり代表者内田利司に対して調査の協力要請がなされたにもかかわらず、同人は、依然非協力的な姿勢を崩さなかつたが、その後海老の経理調査が進み、同人から税務署調査の進行状況にてらして、この機会に修正申告をしなければ調査後に制裁を受けることになるので、思い切つてあるだけのものを修正申告すべきである旨勧告されるにおよんで、ようやく事態の重大性に気づき、全面的に税務署の調査に協力する態度にあらためた。こうして、同年九月中旬、海老は、代表者の委任状を持参して税務署に出頭し、代表者による原告の不正経理の全貌を認めると共に、爾後の調査に全面的に協力する旨を申し出た。

 

 

 大阪国税局査察部門、同査察部門が、国税犯則取締法に基く強制調査に踏み切ろうとした前日の同年一一月二一日、原告は、第一回修正申告書を提出した。

 

 

 

 

 被告は、以上の調査の過程における全資料を総合し、各営業部門毎の収入除外額等を検討し、代表者個人の収入と認められるものは除外して損金算入の是非を検討した結果、本件係争年度における原告の別口貸借対照表、損益計算書を別紙二、三記載のとおり確定し、これに基いて同年八月二四日、先になされた再度の修正申告の課税標準、税額につき、一部を減額する更正処分をすると同時に、本件賦課決定処分をなした。

 

 

 

 

 

 

 重加算税賦課の要件は、本件係争年度のうち、昭和三六年度分については旧法人税法四三条の二に、昭和三七年度分については国税通則法六八条にそれぞれ規定されている。右法条の各一項に規定する「・・・の計算の基礎となるべき事実(の全部又は一部-ただし国税通則法のみ)を隠ぺいし、又は仮装し」たとは、不正手段による租税徴収権の侵害行為を意味し、「事実を隠ぺい」するとは、事実を隠匿しあるいは脱漏することを、「事実を仮装」するとは、所得・財産あるいは取引上の名義を装う等事実を歪曲することをいい、いずれも行為の意味を認識しながら故意に行なうことを要するものと解すべきである。

 

 

 証人海老三郎は、代表者にはもともと法人と個人を区別する意識がなく、経理知識に乏しかつたことから、無意識のうちに前叙のような処理をなしたようである、と証言し、また原告代表者も本人尋問において、同趣旨のことを強調するのであるが、右証言はせいぜい推測の域を出ないものであるし、法人と個人を混同するといつても、事柄は経理事務上の高度の知識を要するものでは勿論なく、極めて初歩的な範囲の問題に属するのであり、永年会社の経営業務に携つてきた者の言としては、およそ肯認し難いところである。

 

 

 スライド収入については、前記認定のとおり法人所得をあたかも代表者の個人所得のように仮装し(しかも、前掲乙第一〇号証によれば、個人所得としても大部分を隠ぺいして申告していることが認められる。)たものと認められるのである。また、株式配当については、被告が別口利益金として、本件賦課決定処分の基礎とした配当所得は、前記認定のとおり売上除外等による資金で取得した株式等の配当で、公表帳簿に記載されていないものを意味し、代表者個人に本来帰属しているものは除外されているのであつて、両者を混同しているものと認めるに足りる証拠はない。給与除外等については、前記認定のとおりまさに典型的な脱税行為であり、また、貸倒金については、損金算入の是非の問題であつて、別口利益金が仮装・隠ぺいによるか否かとは何ら関係のないことである。

 

 

 

 

 証人海老三郎は、係官から修正申告書の提出を認められていたと証言するが、仮りに、そのような事実があつたとしても、被告としては、さしあたり自発的な修正申告書の提出を待つという方針によつたまでのことであり、むしろ、適正な修正申告書を提出しなければ、更正のなされることは当然予想し得たのであるから、このような事情のもとで、敢えて不適正な修正申告書を提出したことは、まさしく更正を予知してなされたものというべきである。

 

 

 また、原告代表者本人尋問の結果によれば、代表者としては、昭和三八年九月以降税務署の調査に協力し、修正申告書を提出することにより、あるいは加算税賦課の制裁を免れ得るのではないかと秘かに期待していた節も認められないではないが、調査に対する協力は、旧法人税法四五条、現行法人税法一五三条に定めるところの税務職員による質問検査権行使に積極的に応じただけのことで、もとより望ましいことではあるが、これによつて、加算税賦課の適否に消長を来たすものではない。