仮装経理損害賠償(5)

 

 

 

 

本件ワラント債売却損の損金算入について

 

 

 

 

 

 

ア 平成2年度に発生した有価証券売却損が平成7年度申告の時点で判明した場合における税務上の取扱い

 は,以下のとおりである。

 

 

(ア)有価証券の譲渡損益はその譲渡に係る契約をした日の属する事業年度で計上しなければならない(法

   人税法61条の2第1項)から,平成7年度の申告において平成2年度に発生した売却損を計上する

   ことはできない。

 

 

(イ)この場合には,

 

 〔1〕仮装経理に基づく過大申告につき修正の経理をした上で,修正経理で特別損失と計上した金額を法

   人税申告書別表四で加算した確定申告書を提出し(法人税法129条2項),

 

 〔2〕税務署長宛に減額更正(国税通則法70条2項)を求める嘆願書を提出することになる(納税者は

    過大な申告をした場合には法定申告期限から1年間は更正請求ができるが(国税通則法23条1

    項),これを経過しても法定申告期限から5年が経過していない場合には,税務署長は減額更正を

    することができる(国税通則法70条2項)ためである。)。

 

 

(ウ)そして,上記(イ)〔1〕の修正の経理は,損益計算書中の財務諸表(損益計算書)の特別損益の項

   目において,前期損益修正損等と計上して仮装経理を修正してその事実を明らかにすべきものと理解

   されている。

 

 

 

 

イ 上記取扱いに関する知識は,税理士として当然に保有・駆使することが期待される程度のものと考えら

 れる。

 

 

 そして,被告は,税理士として原告との間で顧問契約を締結し,毎事業年度の決算書類の作成及び確定申告の代理を行ってきたものであるから,上記取扱いに関する知識を駆使することによって,違法・不当な申告により原告が更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けることがないようにすることはもちろん,過年度の決算・申告の誤りによって過大な所得申告があったことを発見した場合には適切な事後措置を講ずること(本件ワラント債売却損につき減額更正の請求(嘆願)をすべきこと)を助言・指導すべき義務があったということができる。

 

 

 

ウ これを被告が採った処理についてみると,確定申告書に添付された「雑損失等の内訳書」では,他の有

 価証券売却損に係る取引(平成8年4月20日茨城カントリークラブ会員権売却損,平成8年4月25日

 大京観光株式売却損)と何ら区別することなく,これに続けて,本件ワラント債に係る各損失を「平成8

 年4月30日」の売却損として計上し(合計8732万4831円),損益計算書の特別損益の部・特別

 損失の項目に「有価証券売却損」として上記8732万4831円を計上して当期利益を3165万23

 03円とし,これを当期利益として所得の金額が算出されている。

 

  上記税務処理は,平成2年度に発生した有価証券売却損を平成7年度の損金に算入した点において法人

 税法61条の2第1項に違反し,同法129条2項に規定する修正の経理を含むものでないことが明らか

 である。

 

 

 そして,被告は,法定申告期限(平成8年7月1日)前の同年6月15日ころに平成2年度に計上すべきであった本件ワラント債売却損が存在することを知ったために検討の時間的余裕が十分でなかったことは窺われるものの,その一方で,上記アの取扱いに関する知識は高度に専門的な部類に属するものではない上,当該売却損の発生に係る取引事実については,原告において殊更にこれを隠ぺいする仮装経理がされていたような形跡はなく,原告の経理担当者に直ちに証券会社に対する照会等の調査を指示することによって早急にほぼ確実な裏付け資料を入手しうる性質のものであったことに照らすと,被告が本件ワラント債につき上記のような処理を採り,平成2年度の申告につき減額更正の請求をすべきことについて原告に助言・指導をしなかったことは,上記顧問契約上の義務に違反した債務不履行に当たるというべきである。

 

 

 なお,被告は,減額更正・嘆願の制度を知っており、その除斥期間が間もなく満了することも知りつつ,上記処理をとったかのような供述するが,上記処理は当時既に文献等で説明がされていた取扱いに明らかに反するものであるにもかかわらず,被告は,原告の経理責任者等にそうした方法をあえて選択する理由を全く説明していないことに加え,平成10年2月当時に被告が原告に対してした上記処理に関する回答内容を考慮すると,上記供述を採用することはできない。

 

 

 

エ これに対し,被告は,被告が本件ワラント債の売却損につき採った処置は税務署長に対する減額更正の

 嘆願の請求をしたことと同様の効果を持つものであり,損金処理を認めず増額更正した本件更正決定に対

 して原告が異議申立て等の手続をすれば,減額更正される可能性は十分にあったとして,注意義務違反は

 ない旨の主張をするが,被告の上記処理が法人税法61条の2第1項に違反し,同法129条2項に規定

 する修正の経理を含むものでないことは先に説示したとおりであるから,これを採用することはできな

 い。