争いの内容を検討します。
(原告の主張)
ア 被告の注意義務の内容
(ア)被告は,原告との間の顧問契約及び税務申告の委任契約により,税務の専門家として税務に関する法
令,実務に関する専門知識に基づいて,日常的な相談業務のほか,各期の確定申告書や決算書類を作
成する業務を行っていた。
(イ)そして,原告の確定申告に当たっては,被告は,税務に関する法令,実務に関する専門知識をもと
に,更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けるなどにより損害を被ることのないように指導及び
助言をする義務を負う。
イ 本件土地に係る負債利子の損金算入に関する注意義務違反
法人が昭和63年12月31日以降に土地を取得した場合は,その土地取得のための借り入れに対する利子は損金に算入されない(租税特別措置法62条の2第1項)。
ところが,被告は,原告が新たに本件土地を取得したことを知りながら,前記法律に反して,本件土地に係る負債利子を損金に算入する処理をした。
ウ 本件ワラント債売却損の損金算入等に関する注意義務違反
有価証券の売却損は,本来これが発生した事業年度において損金として計上すべきものである。
したがって,本件ワラント債の売却損は平成2年度の決算において計上すべきであるが,これをしなかった場合でも,平成2年度の申告期限である減額更正を求め平成3年6月30日から5年間は税務署長に対する嘆願の形式で減額更正を求めることができる。
被告は,5年経過前の平成8年6月19日以前に,本件ワラント債について,平成2年7月に売却損が生じていることを知っていたのに,
〔1〕平成7年度の申告において本件ワラント債の売却損を計上し,
〔2〕本件ワラント債の売却損については平成2年度の申告に関して減額更正ができることを原告に説明
し,その申立てを指導すべきであるにもかかわらず,これを怠った(そのために5年間を経過しその機
会を失った)という注意義務違反がある。
なお,原告が減額更正の請求をすれば,嘆願といえども正当なものであれば税務署長はこれに応ずる義務があるから,認められた可能性は高かった。
また,原告は異議申立てをしていないが,これは,平成10年1月に税務署から平成7年度の申告の誤りを指摘されたときから,その処理に関する税務署との協議等の一切を被告に任せていたからである。
(被告の主張)
ア 顧問契約締結による被告の受任業務の内容
(ア)被告は,原告との間で昭和53年4月ころから顧問契約を締結したが,当初から明文の顧問契約書を
取り交わしてはいなかった。
(イ)原告は,その経理担当者が原告の取引事実に基づき伝票の起案・仕訳・元帳記帳までを毎月行い,日
常の経営管理上の必要性から原告独自のコンピューターシステムで試算表を作成・管理していた。そ
して,平均3か月遅れの会計伝票とともに原告の経理責任者が作成した資産・負債の勘定残高明細書
が,原告から被告に持ち込まれ,被告は貸借対照表の月別勘定残高一覧表についての照合,仕訳科目
の適正及び消費税のチェックをしていた。
(ウ)原告と被告の会計処理上の役割分担を前提にすれば,財務相談・財務分析などを内容とする会計顧問
業務が前記顧問契約の範囲外であることは明らかである。被告が前記顧問契約に基づき受任した業務
は,各決算期の申告書等の作成などの税務顧問業務である。
イ 本件土地に係る負債利子の損金算入に関する注意義務違反の有無
本件土地に係る負債利子を損金に算入した処理は,租税特別措置法62条の2第1項に違反しない。
被告は,原告の当時の経理責任者からの報告や現地確認などを踏まえて,法人税基本通達等の一部改正における「新規土地取得等に係る負債の利子の課税の特例(租税特別措置法62条の2第3項第2号イ)」における「一体的に利用される土地等」に関する通達解釈(乙1)に基づく会計処理をしたものである。
なお,被告と原告の委任契約は平成9年2月28日終了しており,その後本件更正決定に対して,異議申立て等の手続をとるべきなのは,被告の後任者である原告の現在の顧問税理士である。
それにもかかわらず,原告は,本件更正決定について何ら異議申立て等の手続をとらないで,全面的に受け入れたのである。
したがって,被告に委任契約上の注意義務違反はない。
ウ 本件ワラント債売却損の損金算入等に関する注意義務違反の有無
(ア)被告が,本件ワラント債が既に平成2年7月ころ売却されていたのを知ったのは,平成7年度の確定
申告書提出の直前である平成8年6月20日過ぎに当時の原告の経理責任者から報告を受けた際であ
る。
被告は、本件ワラント債の売却損について原告との間の委任契約に基づき平成7年度の特別損金とし
て計上した上,平成8年6月28日に確定申告書を作成し,原告代表者に説明し,承認印の押捺を受
けて,法定提出期限である同年7月1日に前橋税務署に適法に提出した。
(イ)被告の上記処理は,申告期限から1年以上経過した時期において,平成3年4月期決算という粉飾し
た事業年度に遡って修正できないことから,当期である平成8年4月期決算において経費の計上漏れ
という仮装経理の典型例である特別損失としての計上という唯一とりうる方法で修正したものであ
り,法人税法129条2項の趣旨にも合致するものであるから,適法であり,被告に委任契約上の注
意義務違反はない。
(ウ)また,減額更正の請求は,申告期限から1年経過後は原告の権利ではなく税務署に対する嘆願の制度
にすぎない。原告から減額更正の請求を受けたところで,減額更正の決定通知をするかしないかは,
税務署長の裁量事項である。被告が本件ワラント債の売却を知った時点において,申告期限から1年
経過していたものであり,原告との顧問契約の内容として,減額更正の嘆願の制度についての説明,
申立て指導の義務などは生じない。
(エ)被告の上記処理は,税務署長に対する減額更正の嘆願の請求をしたことと同様の効果を持つもので
あり,損金処理を認めず増額更正した本件更正決定に対して原告が異議申立て等の手続をすれば,減
額更正される可能性は十分にあった。このように減額更正される可能性を残した被告の処理には,原
告との間の税務顧問契約上の注意義務違反は何ら認められない。
そして,本件更正決定に対して異議申立て等の手続をとるべきなのは,被告の後任者である現在の原
告の顧問税理士である。にもかかわらず,何ら異議申立て等の手続を採ることなく本件更正決定を全
面的に受け入れたという事実にこそ着目すべきである。
したがって,被告に委任契約上の注意義務違反はない。