税務調査手続(6)

争点である,広島西税務署職員らの違法行為の成否について広島地方裁判所は次のように判示しました。

 

 

 

(1) 税務職員の質問検査の相手方は、一般的にこれを受忍すべき義務を負い、その履行を間接的、心理

   的に強制されているものであるが、相手方においてあえて質問検査を受忍しない場合には、税務職員

   は、それ以上直接的物理的に上記義務の履行を強制することはできない。

 

    そして、所得税法234条1項の規定は、税務調査権限を有する職員において、当該調査の目的、

   調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体

   的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、同項各

   号所定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物

   件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法

   上特段の定めのない実施の細目については、上記質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的

   利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委

   ねられているものと解せられる(昭和45年(あ)第2339号所得税法違反被告事件・昭和48年

   7月10日最高裁第三小法廷決定参照)。

  

 

    そこで、上記の解釈を前提に、本件調査が違法といえるか否かについて判断する。

  

 

(2) 10月1日の調査丙の税務調査

 

  前記に認定のとおり、丙及び乙は、同日午後1時30分ころ、本件店舗を訪れ、原告に対し、帳簿書類の提示を求めたこと、これに対し、原告は、「今日、病院で内視鏡検査を受けてきた。その結果が出ないとはっきりとは言えないが、食道がん、胃がんの疑いがあると言われた。腹部の差し込みが激しいので、今日は帰って欲しい。」旨を述べたこと、しかし、丙は、これに応じないで、原告に対し、簡易帳簿に記録された売上金額と所得税青色申告決算書に記載された売上金額との差額がなぜ生じるかを再度尋ねたこと、原告は、女性従業員がレジに売上げを入力する練習をしたとき、レジの売上金額を練習前の売上金額に訂正しなかったためであるなどと申し立てたこと、丙は、さらに具体的に根拠を示して説明するように求めたが、原告は、それ以上具体的な説明をしなかったこと、丙は、帳簿書類の保存が確認できなければ所得税の青色申告の承認の取消事由に該当するとともに、消費税の仕入税額控除が認められない旨説明したこと、乙は、原告が腹痛を訴えているのを見て、丙を制止したこと、そこで、丙及び乙は、午後1時45分ころ、本件店舗を辞去したことが認められる。

 

 上記の事実からすれば、原告は、丙及び乙に対し、今日は帰って欲しい旨を述べて、一旦はこの日の税務調査を拒否したこと、ところが、その後も、丙は、本件店舗を直ちに辞去することをしないで、上記の認定にある質問や説明をしたことが認められる。

 

 しかし、上記の差額が生じている以上、上記質問は、税務調査として当然になすべきものといえること、丙のした上記の説明も、その内容からみて、税務調査官として当然しておくべき説明であること、これらの税務調査は、その内容や要した時間(約15分間)に照らし、直接的物理的に受忍義務の履行を強制したものとまではいえないこと、原告は、当時、腹痛を覚え、健康状態が不良であったといえるけれども、同日も閉店することなく営業したのであり、少なくとも店舗営業が可能な程度の健康状態であったといえること等の点を総合勘案すると、丙がした同日の税務調査は、社会通念上相当な限度にとどまるものというべきであり、この判断を覆すに足りる事実は証拠上認められない。

 

 そして、上記税務調査において選択された調査は、その調査における質問の範囲、時刻、場所等にかんがみ、合理的な範囲にとどまるものといえるから、上記認定のとおり原告がこの税務調査を拒否する旨の言動をしたことを考慮しても、同調査が国家賠償法1条1項にいう違法行為に当たるとまではいえず、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。

 

 

(3) 10月9日の調査官丙の税務調査

 

 上記1に認定のとおり、原告は、午後3時20分ころ、本件店舗を訪れた丙及び丁に対し、病状を伝え、税務調査のストレスから病気になったと言って丙らを非難し、税務調査を止めるよう求めたこと、これに対し、丙は、原告が帳簿書類を提示して申告が適正に行われていることを証明してくれれば調査が終わる旨、調査が終わらない原因は、原告が平成8年分以降の帳簿を作成していない上、平成14年分以前の書類を保存していないことにある旨を述べ、これを何度か繰り返し説明して帳簿書類の提示を求めたこと、これに腹を立てた原告は、インスタントカメラを取り出して丙や丁の顔を撮ろうとしたこと、丙及び丁は、撮影を止めるよう要求し、また、丙は、本件店舗の鍵を開けるように要求したが、原告がこれに応じないので、自ら鍵を開けて本件店舗を退出しようとしたこと、そこで、原告は、丙の手を足で払い、これに対し、丙が公務執行妨害だと言うと、「撮らないから聞きなさい。」と述べ、丙及び丁に対し、自己の主張等を縷々述べ、丙及び丁は、午後4時ころ、本件店舗から退出したことが認められる。

  

 

 上記認定事実によれば、原告は、丙及び乙に対し、税務調査を止めるよう求めたこと、ところが、その後も、丙は、本件店舗を直ちに辞去することをしないで、上記の認定にある説明、教示を繰り返し行ったことが認められる。

 

 しかし、上記の説明や教示は、上記認定の差額の存在が確認されていることからして税務調査官が当然行うべき行為であり、その時間はせいぜい十数分であったものと推認され、直接的物理的に受忍義務の履行を強制したものとはいえないこと、その後の丙及び乙の行為は原告がカメラで撮影しようとしたことへの対応であって税務調査と評価すべきものではないこと、

 

 当時の原告の健康状態は不良であったものと認められるものの、写真を撮られまいと逃げようとする調査官丙を追いかけて写真を撮ろうとしたり、

 

 鍵を開けようとした丙の手を足で払うなどの行為に及んでいることからすれば、同日の税務調査に耐えられない程に体調不良であったとはいえないこと等の点を総合勘案すると、

 

 丙がした同日の税務調査は、社会通念上相当な限度にとどまるものというべきであり、これを覆すに足りる事実は証拠上認められない。

 

 そして、上記税務調査において選択された調査は、その調査における質問の範囲、時刻、場所等にかんがみ、その合理的な範囲にとどまるものといえるから、上記認定のとおり原告がこの税務調査を拒否する旨の言動をしたことを考慮しても、同調査が国家賠償法1条1項にいう違法行為に当たるとまではいえず、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。

 

 よって、原告の請求は理由がない、と原告の主張を斥けました。

 国税通則法が改正されても、現金売上の事業者に対しては、このようなかたちで税務調査が行われる可能性が残っているので留意が必要です。