自筆証書遺言について遺言能力が否定された事例(13)

 裁判所は最終的に以下のように判示しました。また,Yについても介護の実情等を考慮した判決となりました。

 

 

 

(ア)まず、亡花子の1回目の入院中の行動障害、判断力・記憶力の低下について検討するに、斎藤意見

  も、入院当初、亡花子に一時的なせん妄状態があったことを否定するものではなく、亡花子の精神機能

  の程度がせん妄により動揺していた可能性はありうるとする。しかし、亡花子の脳には、多数の小梗

  塞、強度の脳虚血性変化、大脳全般の中等度萎縮が生じていたことからすると、亡花子の判断力の低下

  が、一時的なせん妄のみによって生じたとは考えにくく、むしろ、入院生活に慣れたと考えられる6月

  20日の時点で行われた本件検査結果も、一般的には中等度の痴呆症に当たる点数を示していることから

  すれば、亡花子の判断力・記憶力の低下は、脳血管性痴呆に由来していた可能性が高い。

 

(イ)次に、今井意見は、Y訴訟代理人である丙田弁護士が提供した訴訟記録中の準備書面、の各陳述書、

  X3作成の報告書、Yの日記に加え、N、O、Y、丙田弁護士、Qに対し事情聴取を行い、これらの記載

  内容または供述内容が概ね事実であることを前提として医学的見地からの意見を述べるものである。そ

  して、今井意見は、亡花子の判断能力を明らかにするのに最も重要な事実として、X3作成の報告書に、

  平成12年7月28日、亡花子が本件遺言書面を作成したとき、X3が、「判断能力は十分であると確認で

  きた」との記載があることを挙げる。

   しかし、本件遺言書面作成経緯に関する認定事実は、前記のとおりであって、そのころ、亡花子には

  正常とはいえない言動があったほか、乙山弁護士も、X3も、亡花子が話を理解していると思いつつも、

  同時に判断能力に疑問を感じていたことが認められる。だからこそ、練習のためといって遺言書を書か

   せ、さらに、X3が、同年8月3日には、乙山弁護士に対し、亡花子について成年後見人選任の申立をす

  るよう指示したものと認められる。X3は、亡花子の遺言能力について疑問を抱いていたことが窺われ、

  X3作成の報告書は、この限度で採用することができる。

   また、今井意見は、本件自筆証書遺言が作成された同年8月22日当時の亡花子の精神状態について、

  Yの平成13年10月4日付け準備書面に記載されている、本件自筆証書遺言の作成経緯が事実であること

  を前提とすれば、亡花子は十分な判断能力を有しているというべきであるとするが、本件自筆証書遺言

  の作成経緯については、それ自体本件訴訟で争われているところ、同準備書面において本件自筆証書遺

  言作成に立ち会ったと記載されているYは、本人尋問において、本件自筆証書遺言作成経緯について、

  亡花子の当時の言動を具体的に供述することができないし、同準備書面記載の事実とは異なる供述を一

  部しており、同準備書面記載の事実について立証がなされているとは言い難い。

   以上によれば、今井意見のうち、上記関係者の供述等を資料にして、亡花子の精神状態について判断

  する部分については、その資料の中核となるX3の報告書の記載内容や、Yの上記準備書面記載の事実に

  ついて、本件訴訟において立証されているとは言い難いから、これを重く見るべきではない。

 

 また、

 

 <1>Pは、平成5年からヘルパーとしてY宅を訪ねていたが、亡花子が河北総合病院を退院してから

   も、退院前と様子がかわらず、尿失禁のときも恥ずかしがっていた旨の陳述書)を、

 

 <2>Nは、亡花子と助産婦学校のころから師弟関係があるが、亡花子と7月に何回か会い、8月にも電

   話で話したが、助産婦会のことを尋ねてもきちんと返答があった旨の陳述書を、

 

 <3>Oは、助産婦会の事務局長として亡花子のもとで勤務し、7月に亡花子から依頼され8月に転居通

   知を持参して会って話したが、亡花子の様子に変わりがなかった旨の陳述書(なお、亡花子は、Oにこ

   れまでもはがきの作成を依頼したことがある。)を、

 

 <4>Kは、以前から亡花子と親しくしていたが、7月と8月に数回亡花子に会ったがおかしいところは

   なかった旨の陳述書をそれぞれ提出し、証人Oは、上記陳述書に沿う証言をしている。

 

 

 しかし、亡花子は、Yの自宅に同居中、戸棚を開けて中の物に向かって尿をかけ、Yが後始末をしている間もただボーっとしていたことがあったように、正常とはいえない言動をしたこともあり、前記認定のとおり、Yは、介護に限界を感じながら、亡花子が強く拒否したため、同人を再入院させられなかったという経緯が認められる。

 したがって、亡花子が親しい関係の人達とごく普通に会話をしたとしても、同時に、他の場面において正常とはいえない言動をしていたことと矛盾するわけではない。

 Yの日記にも、話し相手がいれば元気になるが、相手が帰ってしまうと元に戻るとか、X3から亡花子に遺言書を書いてもらうようにいわれたが、それどころの様子ではない旨の記載が認められる。

 そして、その上で、亡花子が遺言をすることができるだけの判断能力を有していたかどうかを検討する必要があるが、親しい関係の人達と日常的な会話をしたというだけでは、抽象的な思考を伴うとは限らないから、前記認定の各事実を対比すれば、遺言をするだけの判断能力を有していたことを裏付ける事情としては弱いというべきである。

 

 

 以上のとおり、医学的見地をふまえた検討結果によれば、亡花子は、1回目の入院のころから、判断力・記憶力が低下し、中等度の痴呆に相当する精神状態にあったものであり、その原因は、一時的なせん妄のみによるものではなく、脳血管性痴呆によるものと考えられ、これに前記認定事実、特に亡花子が本件自筆証書遺言を作成した経緯を併せて考えれば、本件自筆証書遺言当時、亡花子は、遺言の意味や内容を理解し、それが将来関係者にどのような影響を及ぼすかについて判断することができなかったというべきであるから、遺言能力を欠いていたと認めるのが相当である。

 

 

 

 

Yについては以下の通り判示しました。

 

 

 

 

 前記の認定事実、特に、本件遺言書面がYの要請によって作成されたこと、その内容もYの要望に沿ったものであること、亡花子は、当時、本件遺言書面の記載内容を理解していない様子がうかがえたことなどからすれば、本件遺言書面は、Yが、亡花子の遺産すべてを相続したいと考え、亡花子らに働きかけた結果、亡花子が、Yの意図するままに行動して作成されたものと考えられ、本件自筆証書遺言も、また同様の意図のもとに作成されたものといえる。

 Yは、亡花子の1回目の入院中、頻繁に河北総合病院に亡花子を見舞っており、当然、前記のに認定したような亡花子の行動障害を目にしていると思われること、退院後は亡花子と同居して介護していたところ、亡花子を診察した医師から、亡花子には痴呆症状があるので、病院へ入院させることを勧められていることなどからすれば,亡花子の精神状態の低下に何ら気付いていないとは考えにくい。

 しかしながら、Yは、亡花子を自宅に引き取って介護を始めたが、それがとても大変であったため、自分の受贈分が少ないと思うようになり、遺言の内容の変更を思い立ったと認められ、Yの心情としては理解できなくもない。また、亡花子は、普通の会話をするなど、話を理解している様子もうかがえ、亡花子が判断能力を有していたかについては、当時判断が難しい状況にあったと認められる。また、Yは、本件遺言書面及び本件自筆証書遺言の作成について、いずれも弁護士に依頼していることからすれば、亡花子に遺言能力がないことを知って、これを利用して本件自筆証書遺言を作成させたとまで認めることはできない。よって、Yの行為は、遺言書の偽造にはあたらないから、Yに受遺者としての欠格事由があるとするX3の主張は理由がない。