自筆証書遺言について遺言能力が否定された事例(11)

 先日までの事実関係をもとに、裁判所は次のように判断しています。

 

(1) 事実経過からの検討

 

 亡花子は、平成10年の本件公正証書遺言当時、自らの考えにより、弁護士であるX3に指示して遺言公正証書を作成し、同遺言では、平成5年ころから近くに居住していたYに2000万円を遺贈してYに対し配慮を示す一方で、遺産の大部分を、実子であるX1及びX2に相続させることにしている。

 

 これに対し、亡花子は、平成12年7月28日に本件遺言書面を作成し、その内容は、遺産すべてをYにあげるというものであるが、前記認定事実によっては、本件公正証書遺言作成以後、亡花子が実子であるX1及びX2に遺産をまったく相続させないことを決意する動機及び事情が生じたことは認められない。

 

 これに対し、Yは、亡花子がX1及びX2と疎遠であった旨の主張をするが、Yが記した日記によっても、X1とX2が亡花子の症状を心配し、介護に協力する姿勢を示していたことは明らかであり、亡花子において、本件公正証書遺言を変更する事情があったとは認められない。

 

 そして、上記のとおり、Yは自宅で亡花子を介護することになったため、自分の受贈分がもっとあってもよいと思うようになり、本件遺言書面の作成を希望したと認められ、亡花子自身が遺言の変更を言い出したことはなく、何ら積極的態度をとっていないことは明らかである。

 

 かえって、X3は、Yから、亡花子の財産を譲り受けたいので亡花子に確認してほしいと依頼され、亡花子に確認したが、亡花子から、Yに全財産を譲ることの承諾は得られなかったことが認められ、亡花子が、Yに対し、全財産を贈与する意思をもっていたとはきわめて考えがたいというべきである。

 

 また、実際に本件遺言書面を作成した経緯も、乙山弁護士及びX3に字の練習をするとの説明を受け、乙山弁護士が作成した下書きを書き写したというものであり、亡花子が、本件遺言書面の記載の意味内容を理解していたとすれば、単に字の練習のために本件遺言書面を作成するということは通常ありえないことである。

 

 そして、亡花子が、本件自筆証書遺言を作成した平成12年8月22日当時においても、亡花子が実子であるX1及びX2に何ら遺産を相続させないことを決意する動機及び事情が認められないことは、前記と同様である。

 

 すなわち、本件自筆証書遺言をするに至った経緯については、YがX3から亡花子の財産の管理を取り戻そうと考えていたことが窺われる一方、亡花子が自ら遺言内容の変更を申し出たことは認められないものである。

 

 さらに、丙田弁護士が、Yに対し、新しい遺言を作成してはどうかと勧めたことが発端となり、作成当日も、丙田弁護士が、亡花子を公証人役場に連れて行き公正証書遺言の作成を委嘱しようとしたところ、亡花子が疲れているからと嫌がったため、その場で本件自筆証書遺言を作成したという経緯がある。

 

 Yは、X3が本件定額貯金証書等を持ち去ったことにより、亡花子がX3に不信感を抱いたため、本件自筆証書遺言をしたと主張するが、そうであったとしても、それだけでは遺言の内容を変更する理由になるとはいえない。

 

 Yが、X3に対し、本件定額貯金証書等の返還を請求したのは、X3がYに同被告の依頼を引き受けず、亡花子の弁護士になると告げたからであり、その後、同年8月12日に、亡花子の介護問題を話し合うため親族がYの自宅に集まった際、亡花子はX3の行為について何ら不満を述べていないにもかかわらず、同月14日にそれまで面識のなかった丙田弁護士に対し、本件定額貯金証書等の返還を依頼するということも不自然である。

 

 この点に関するYの主張及び供述を採用することはできない。