平成12年6月までの事実経過と、裁判所の判断は以下のとおりです。
遺言には、遺言者が遺言事項(遺言の内容)を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力(意思能力)すなわち遺言能力が必要である。
遺言能力の有無は、遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的関係、遺言時と死亡時との時間的間隔、遺言時とその前後の言動及び精神状態、日頃の遺言についての意向、遺言者と受遺者との関係、前の遺言の有無、前の遺言を変更する動機・事情の有無等遺言者の状況を総合的に見て、遺言の時点で遺言事項(遺言の内容)を判断する能力があったか否かによって判定すべきである。
1 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 河北総合病院の診療情報録によれば、亡花子は、平成4年4月23日、同病院外来を受診し、高脂血
症、糖尿病、甲状腺機能低下症、貧血、急性心不全の診断を受けたが、その後は平成10年まで記録
がなく、平成10年から平成12年5月31日に受診するまで精神的な症状についての特記事項はな
い。
亡花子は、1回目の入院前の平成12年5月9日、一人で河北総合病院を受診し、吐気を心配してが
んセンターの受診を相談した。
(2) 1回目の入院中の亡花子の状況
ア 亡花子は、平成12年5月30日午前3時ころ、大量に嘔吐し、その後も吐き気がおさまらなかったた
め、同月31日から同年7月7日まで、河北総合病院に精密検査を目的に入院した。そして、同病院
の診療情報録からは、亡花子の次のような状況が認められる。
<1> 5月31日の病歴聴取中に、話の内容が二転三転したり、途中でとぎれるなど、記銘力低下が見
られた。また、入院時現症として、見当識に異常が見られた。
<2> 6月2日及び3日、下半身裸で廊下をうろつく、トイレ内に下着がつかっているなどの行動が
あった。
<3> 6月3日には、ご飯を食べたあとも、「ご飯きてないんだけど」などと食べたことを忘れる発
言があり、その後、食べ残しの容器を見せられると、食事が済んだことを納得した。また、ナ
ースステーションまで下半身裸で歩いてくることがあった。
<4> 6月初めころから、自分でトイレに行ったり、ナースコールを使用して看護士を呼ぶことがで
きず、便などをおむつに漏らしてしまうことが度々あった。
<5> 6月初めころから、夜間に不穏行動が見られた。
<6> 6月4日、糖尿病のため食事制限が言い渡されていたにもかかわらず、菓子を食べるなどし
た。
おむつをすべておろす等の行動があり、失見当識による事故を起こさないか心配された。6月
7日にはベッド柵に頭部を強打し、頭部CT検査を受けた。
6月後半にも、お腹が空いたと不満を言い、被告Yが与えた菓子を食べるなどの行動があっ
た。
<7> 6月初めころから、尿道カテーテル、点滴ルートを嫌がる発言や、自分で外そうとしたり、外し
てしまう行動があった。
夜間、家に帰ると言い出すこともあった。
<8> 6月11日、入院中の自室で喫煙したことがあった。
<9> 6月後半ころは、自分で自室のポータブルトイレを使用したり、ナースコールで看護士を呼ぶこ
とができた。
<10> 6月20日ころは、ADL(日常生活動作)の改善が見られ、声かけをすれば監視ないし軽介助で
足りるとされた。
イ 精神機能に関する検査の結果
6月20日、精神機能に関する検査である改定長谷川式簡易知能スケール(以下「HDS-R」という。)及びミニメンタルステートイグザミネーション(以下「MMSE」という。)が行われた。
HDS-Rは、痴呆症とそれ以外の高齢者を分けるために日本で開発された簡易知能検査であって、30点満点のうち、20点以下を痴呆、21点以上を非痴呆としたときに最も弁別性が高くなるが、亡花子の得点は14点であった。
MMSEは、国際的に用いられる簡易な精神機能評価尺度であって、30点満点のうち、20点以下であると痴呆、せん妄、精神分裂病の可能性が高いとされるが、亡花子の得点は15点であった。
同病院の診療情報録には、「軽度←→中等度の痴呆あり」「二次元複雑構成、失見当識、記憶、計算、発想で低下あり」との記載がある。
ウ 頭部放射線検査の結果
6月7日に頭部CT検査、同月9日に頭部MRI検査、同月14日及び16日に頭部CT検査が実施された。
上記検査結果の所見によれば、右トルコ鞍前床突起付近に直径3センチメートル程度の髄膜腫、両側被殻を中心とする大脳基底核の多発梗塞、両側側脳室周辺の大脳白質における広範で重度の慢性脳虚血によると考えられる変化、大脳の中等度萎縮が確認される。